File:050 三重交通 BU10

2017年5月 確認

都会の住宅地の中に佇む廃バス図書館


随分とファンシーな色に塗られたいすゞの廃バス。
関西にはちょっと似合わない前中扉のツーマン仕様車。前情報でどこの事業者なのかは分かっていて、こんな色になっても元事業者が分かるなんてさすがだなぁと思っていたのですが…

思いっきり書いてました。”三重交通”
モノコックの中でも”比較的”新しい後期型のBUシリーズにこういった後部の泥除けが付いているのは結構珍しいと思われます。
新製当初の三重の道路状況が察せますね。
塗装こそ変わってしまいましたが、車体や装備品は三重交通時代の仕様を色濃く残していて、前面の大型方向幕やら社章も残っています。

いつからこのバスがここに置かれているのかは分かりませんが、周囲の景色がちょっとずつ変わっていく中で、この廃バス図書館は嬉しいことに今も公開されているようです。
ちなみになんで”ねこバス”かと言うと…

この側面イラストが由来なんでしょうね。なんか見たことある絵だなーと思っていたのですが、すぐに識者の方?に正解を教えて頂きました。便利な時代です。

ちなみに開館日は週に一回のようで、いずれ中にも入ってみたいところです。(場違い感半端なさそうですが)

カテゴリー: 撮影日誌-廃バス | タグ: , , , | コメントする

【作業日報】5/17


試し塗り

面倒な仕様の多い奈良区の103系を作りながら、関西仕様PIの構成そのものを見直した方がいいのではと思い始めたので首都圏仕様で採用したあれこれをフィードバックしながら再構築しています。
最近地に落ちている製作ペースがさらに落ちそうですがまぁそれはそれ。週末天気が良いのが悪い。

首都圏仕様のように各車の設定スイッチ操作は煩雑になりそうですが、先の関西仕様のようなプリセット車番にありがちな「この車番がないからこの編成が組めない」みたいなことはできるだけ減らせるようにしたいところです。


最初は一番上の写真のように首都圏仕様と同じカナリア色に塗っていたのですが、やはり少し違和感があったのでオレンジを少し混ぜた上で彩度を落としています。JRマークも若干下へ。
西のカナリアは生活圏に居なかったこともあってさすがに記憶がないのですが、やはり関東のカナリアとは色味が違う気がします。
製作途中でスイッチの制限がガバガバなのでWAU102が載っていますが、最終的にはスイッチ操作しても載らないようになります。
でもこれも似合わないことはない…かも?

カテゴリー: RailSim2-PI製作 | タグ: , , , , | コメントする

京都鉄博に来た初代ドリーム号

2017年4月1,19日
GWを挟んでしばらく更新が滞ってしまいました。

もう帰ってから一月が経とうとしていますが、京都鉄道博物館に来た”初代ドリーム号”のことを少し。

ドリーム号は東名高速の開通に合わせて1969年から運行が開始された国鉄東名ハイウェイ・バスの路線の一つです。現在に続くドリーム号・昼特急の礎となる路線ですが、現在のJR高速バスと大きく異なるのは、この路線に専用設計の車両が充てられたことでしょう。
当時の国産バスには、国鉄の要求する性能を満たす型式が存在しなかったので、性能、耐久性、サービス等の面でそれまでの路線バスを大きく凌駕する専用型式の製造を各メーカーに求めました。
国鉄の無茶振りに応えるべく、国内4メーカーはそれぞれ特別仕様の専用車を登場させました。
そのうち、三菱シャーシの富士重ボディで製造された型式B906Rが、交通科学博物館に展示されていた744形旅客自動車です。

ところでこのB906R、交通博物館時代からドリーム号の幕を出しているのからなのか”初代ドリーム号”とよく言われていますが、登場時は昼行便が主だったようで当時のカタログにも特に夜行便に関する言及はありません。
実際晩年にはドリーム号によく用いられていたそうですが、”初代ドリーム号”という表現は少し語弊があるかもしれません。

国鉄ハイウェイバスとしての活躍を終えたB906Rは長らく弁天町の交通博物館に保存されていたのですが、残念ながら京都鉄道博物館の展示対象からは漏れてしまい、西日本JRバスの京都営業所内の車庫に保存されることになりました。
京都鉄博の開業に際して動態復元の上京都駅までのシャトルバスとして使う計画もあったようですが、現実的な線に落ち着いたようです。

前置きが随分長くなりましたが、今回京都鉄道博物館一周年を記念するイベントの一つとして梅小路の扇形庫で展示されるということで行ってきました。

扇形庫に収まった2つのドリーム号。
右のエアロキング、現役車なのによく連れて来れたなぁと思っていたのですが、どうも最近はドリーム号の運用からは退いて若狭方面の昼行便に使われているようですね。
ちなみに型式はどちらも744型。仕様とメーカーで形式が決まる国鉄車両称号のマジック。

新旧ドリーム号の並びもいいですが、どちらかというとこっちの方がアツいですね。
鉄路と道路の国鉄トップスター揃い踏み。

交通科学博物館時代は公式側が見られなかったので、こちら側は初見。


そして搬出の日。休館日の早朝に行ったら既に搬出作業が始まっていました。

当然自走はできないので前輪を持ち上げてのレッカー。交通科学博物館から京都営業所までの輸送も真昼間にレッカー輸送だったようで、その様子を記録した映像を扇形庫の中で見て驚きました。長年展示されていてもタイヤはしっかり回るんですね。

ここでも三菱並び。年の差は45くらい?
高速/観光車への考え方が大きく変わったのがよく分かります。

レッカー移動開始。目的地の営業所は博物館のすぐ裏とも言えるくらいの位置ですが、東海道線を越えるために東へ迂回。

東寺の下を。ケツをちょっとかじられましたがそのお陰で現代の風景に絶妙に溶け込んで不思議な感じです。

間もなく京都営業所に到着。最後の一台になってしまったキュービックとの並び。

そして車庫西側の専用車庫に収められました。次出てくるのはいつになりますかな。

今回の展示は交通科学博物館時代では見られなかったところやSLとの並びを見ることができ、色々楽しめました。
せっかく京都に保管してあることですし、今後も色々なイベントに登場させて欲しいものです。

カテゴリー: 撮影日誌-バス, 撮影日誌-陸送 | タグ: , , , , , , | コメントする

春の北陸行 その2

2017年4月22-23日
二日目は朝からスカっと晴れていたので地鉄へ。

(富山地方鉄道 本線 新宮川→上市/9:36)
まさか初っ端から東急車を引くとは。
8590系は両端が電動車なのでこういう20m級の入線可能な地方私鉄にはもってこいな車両なのですが、元の種車が少ないので地鉄では中途半端な存在になってる気がします。また仲間が増えればいいのですが次東急が放出するのはいつになるやら…


(富山地方鉄道 本線 新宮川→上市/9:51)
アルペン号のレッドアロー。
こういう元大手の特急車は先頭車だけの2連じゃ寂しいので中間車が復活してくれて有難い限りです。
欲を言えばロゴは無い方がいいのですが、最近の他社の水戸岡デザインを見るにこういう大人しいロゴで済んでくれただけマシなんでしょうかね。

ところでこの写真、撮ってから見てみると随分傾いてておかしいなぁと思ったのですが、車両そのものがエラい傾いてますね。
地鉄は保線がヤバい箇所が割とあるので見てて(乗ってて)ヒヤヒヤします。大きな事故が起きなければいいのですが…

(富山地方鉄道 本線 寺田駅/11:38)
電車に乗って通ったことはあれど降り立ったことはなかった分岐駅の寺田駅へ。
構内で単線から4線に分岐する配線がなかなかステキ。
ここで14720形を見てしまったので宇奈月温泉からの返しを待とうということになり富山ブラックを食した後また新宮川へ。

(富山地方鉄道 本線 中加積→新宮川/14:27)
湘南顔で残る20形。10020形の方は増結車を繋げて限定運用になっているようですが、この14720形は特に運用が決まっているわけではないらしく。
稼働率は高いのですがなかなか捕まえられない車両です。
仲間が燃えたりしていますがこの編成はいつまで走ってくれるのでしょうか。

(富山地方鉄道 本線 寺田駅/15:17)
また寺田。雰囲気がよく列車もたくさん来る分岐駅なのでずっと居ても飽きません。
このアルペン号は立山~宇奈月温泉を直通する特急なので、寺田駅の構内と上市駅でスイッチバックを行います。
地鉄沿線の二つの観光地を効率よく?回れる特急ですが、この便はガラガラでした。まぁ宇奈月も立山もシーズンは夏ですから春はこんなもんなのかな?

(富山地方鉄道 立山線 横江→岩峅寺/16:48)
最後に岩峅寺の先のストレートへ。ここはなかなか作例が見当たらなかったのでどんな風に撮れるのか行ってみるまで分からなかったのですがなかなかよろしい感じで。


(富山地方鉄道 立山線 横江→岩峅寺/17:13)
でお目当てのおけいはん。冬が終わってスカートが付き、ショーティーながら京阪特急そのままの姿に。
やはりこの色は落ち着きますなぁ。
地元から姿を消して久しいですが、まだまだ富山に来ればこんないいシチュエーションでピカピカの3000系が撮れるんですからありがたい限り。(富山まで来るのが大変なのですが)

一日たっぷり地鉄に費やしつつもなんとなく名残惜しい気持ちを抑えつつ帰路へ。
帰りはさすがに高速使いつつもたっぷり5時間コース。日暮れまで粘っていたので京都到着は0時前になりましたが粘った甲斐がありました。

カテゴリー: 撮影日誌-西日本 | タグ: , , | コメントする

春の北陸行 その1

2017年4月22-23日
最近バスブログと化してきている気がするので久しぶりに鉄道ネタ

先週末、日本海側の天気がよさそうだったのでどこか行こうという話になりまして、SATOさんの”そういえば北陸方面ってあんまり行ったことない”という一言からトントンと話が決まり、結局つるやの氏と3人で富山を目指すことに。

北陸新幹線の金沢開業から2年経ち、首都圏側からのアクセスは格段によくなりましたが、関西側からはむしろ行きにくくなった富山。
加えてJR線の被写体がここ数年で一気に姿を消してしまったのでしばらく足が遠のいていたのですが、そんな今だからこそ私鉄側に専念できるのでは~ということで今回は私鉄がメインです。

例によってあんまり高速走行が得意でないクルマで行ったので、富山への往路はオール下道。夜間だったので特に滞りなくスムーズに進みましたが、それでも京都を0時に出て高岡に着いたのが7時…途中運転を交代しつつ進みましたが、やはり300キロを下道で走るのはかなりキツいです。

新高岡でつるやの氏を拾って進路を北に。首都圏を当日朝に出ても8時半に富山に着くんですから新幹線ってすごい。
途中日本総合リサイクルに寄りつつ七尾方面へ。富山を目指すと言っておきながら早速石川に逆戻り。


土曜の昼間は微妙な予報だったので能登半島に点在する保存車めぐりでもしようかということになり、まずはオユ10のある能登中島へ。
この日は国鉄郵便車が現役バリバリだった頃に鉄郵の職員だった方がたまたまナビゲーターとして来られていたので、2時間程当時の話を伺うことに。

ここのオユ10のすごいところは、やはり車内の小物を揃えて当時の雰囲気を再現しているところでしょうか。(この日はいつもより更に展示物が多かったそうですが。)
我々のような鉄郵を知らない世代でも、この空間で当時の話を聞いていると郵便車が現役だった頃の車内の空気を感じられるような…そんな素敵な展示でした。

能登中島で牡蠣を食べてオユ10の見学をしているうちに随分時間が経ってしまったので、のと鉄道の保存車めぐりはまた今度にして、能登半島の西岸を内灘へ。

(北陸鉄道浅野川線 蚊爪→粟ヶ崎/16:26)
「浅電の狭幅車が撮りたーい」という希望で半ば無理やりねじ込んだ北鉄。
浅野川線は狭幅の8800番台車が2本、広幅の8900番台車が3本なので運が悪いと広幅しか来ないのですが、幸いこの日は広幅がお休みしていたので狭幅車が来てくれました。

(北陸鉄道浅野川線 蚊爪→粟ヶ崎/16:50)
この京王のグリーン車をそのままステンレス化したようなスタイルは割とツボです。数ある京王3000の譲渡車の中で一番好きなのですが、浅野川線はあまり開けたところがないので撮る時は毎度ここになってしまうんですよね もっと開拓しなくては。

この日の晩は金沢に来たら毎度食べてる金沢カレーを食し、富山駅前の宿(昭和30年代に建てられた民宿的な)で就寝。
富山の駅前、この数年で随分変わってキレイになりましたが、たまになんでこんなのがこの駅前に??みたいなボロ…もとい歴史を感じる建物が立ってたりします。
ボロホテル(設備は古いけど汚くはない施設)に泊まるのも地方に行った時の楽しみの一つなので、私的には大満足な宿でした。また今度来る時も残っているといいのですが…

カテゴリー: 撮影日誌-西日本 | タグ: , , , , , , | コメントする