五能線キハ40/48 その1

2019年8月14日
富山から日本海沿いに一気に北上して青森県は弘前へ。


(弘南鉄道大鰐線 中央弘前駅/4:29)
初電前の中央弘前で眠る7000系。この水間仕様、もっとちゃんと撮りたかったのですがすでに剥がされてしまったようで。

わざわざ弘前くんだりまで来たのは五能線のキハ40/48を撮るため。
五能線と言えば海岸線を延々と走る風光明媚な路線として知られていますが、朝の弘前近郊は平野部完結の区間列車が結構な数運転されているので、とりあえずそれを一通り撮ってから海沿いに向かうことに。


(五能線 中田→木造/821D/6:13)
鯵ヶ沢始発の4連。始発列車が路線最長編成というのも珍しい気がしますが、夜明けが早い青森県では通勤通学のピークは案外このくらいなのかもしれません。
タラコが混じることも多いこの列車ですが、この日は五能色の統一。しかもキハ48ユニット×2なので、側面の統一感がいいですね。

(五能線 鶴泊→板柳/821D/6:41)
五所川原回りの五能線をショートカットで追い越して、岩木山バックでもう一回。
キレイな組成なので、横から撮るとなお映えます。




(五能線 中田→木造/2823D/7:16)
戻って後続を。首都圏色の2連が深浦始発の列車でやってきました。
五能線のキハ40系はどれも機関換装・冷房改造を受けてサービス面では進化しているのですが、パッと見国鉄時代にしか見えないような外観で走ってる車両が混じっています。
このキハ48-1520もそのうちの一つで、白Hゴムにタブレットキャッチャー保護柵、さらに絶妙な汚れ具合のおかげで30年以上前の姿に見える不思議。

(五能線 中田→木造/825D/7:48)
30分ほどで40+48×2の3連がやってきました。キハ48のユニット主体で運用されている五能線ですが、一部の列車でキハ40が1両増結されています。
とは言え、本当に3連分の輸送力が必要なのは朝夕の弘前近郊くらいで、そのためにはるばる秋田から五能線経由で回送するような運用が組まれているのは少し無駄な気も。
GV-E400が投入されたらあっさり2連化されるかもしませんね。



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富山地鉄20形 2019年8月

2019年8月13日
七尾線から倶利伽羅峠を越えて富山県へ。14722Fが立山線の運用に入っていたので一緒に登山することにしました。


(富山地方鉄道立山線 千垣→有峰口/317列車/10:58)
千垣の鉄橋の一部を切り取り。まるで緑の斜面から鉄橋から生えているよう。


(富山地方鉄道立山線 立山→本宮/326列車/12:31)
立山からの返しは粟巣野駅跡俯瞰へ。今の姿からは想像できませんが、粟巣野駅はかつて長らく立山側のターミナルだった駅。
昭和30年に現立山駅が開業した後もスキー場へのアクセス駅として残されていましたが、この俯瞰の立ち位置である道路が開業したことでアクセスがそちらに移って廃止されてしまいました。
この季節だと遺構がほとんど緑に覆われていて分かりにくいのですが、14722Fのちょうど裏あたりにホームの跡が残っています。

(富山地方鉄道不二越・上滝線 不二越→大泉/625列車/14:17)
立山から下山した後はひたすら上滝線を往復。上滝線の北の方は住宅地の中を抜けていく路線なのですが、意外と開けたところもあるもんですね。




(富山地方鉄道本線 寺田→越中舟橋/1044列車/16:20)
飛んで本線は寺田。地鉄のジャンクション・寺田からゆっくりと出てくる10025F。
寺田駅、駅舎はキレイになりましたが他は昔のままで、こう写真に撮るとキレイな10025が際立って見えます。
お盆休み中ですが地鉄のダイヤ上は平日ダイヤで、10025も平日の固定運用である夕方の上市往復に入っていました。

(富山地方鉄道本線 寺田→越中舟橋/1044列車/16:20)
晴れて欲しかったなぁ。しかし10025は車体がキレイなので多少薄くても結構いい色が出てくれます。
最後まで第一線で走り込んで満身創痍な14722Fと長い隠居生活で美しさを維持している10025F、同じ20型でも人生いろいろですね。

これにて撤収し、更に北を目指します。




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七尾線朝ラッシュの413/415系

2019年8月13日
2018年8月18日

盆休みは北の方に。しかし台風が近づいていたりそもそも天気予報が怪しかったりとなかなか出かける踏ん切りがつかないまま近所でダラダラと過ごしてしまったので出発は月曜の夜。
クルマでのんびり北上するので一晩ではそんなに距離を稼げず、火曜の朝は金沢近辺で迎えて朝ラッシュの七尾線を撮って行くことに。


(七尾線 能瀬→本津幡/822M/5:59)
着いて早々変なのが来ました。限りなく近郊型に近い(一応)最後の急行型電車、クハ455-700。
これが組み込まれている413系は2編成しか居ないのですが、413系11編成のうちノーマルな5編成があいの風に移籍したので、七尾線で413系を待っていると結構な確率でやって来ます。


(七尾線 能瀬→本津幡/824M/6:24)
続いて413系6連。こう見ると七尾線の主力が完全に413系に移ってしまったように見えますが、この列車を最後に3時間ほど413系の上り列車は来ません。
2ドアの413系は415系に比べるとどうしても収容力が劣るので、最混雑時間帯を避けて入れているんでしょう。

(七尾線 能瀬→本津幡/824M/6:25)
ちなみにこの列車、一年前にも同じ場所で撮っているのですが、その時はこんな組成。ドア位置の見本市ですね。
413系と415系は併結が可能なので、相互に代走することももちろん可能。
七尾線の運用は、413系がまとまった数入ってくるまでどうやって回してたんだろうと思えるくらいタイトなので、相互に補完しながらなんとかやりくりしているみたいです。





(七尾線 能瀬→本津幡/826M/7:00)

(七尾線 能瀬→本津幡/830M/7:29)
途中高松始発の3連を挟みつつ、30分で2本来る415系6連。
全く同じに見えてよく見ると細部が異なるのがこの手の改造車の面白くそして恐ろしいところ。
113/115系初期型特有のこのイマイチ締まらないスカートも今となってはここだけのものになってしまいました。

北陸新幹線金沢開業で奇跡的に生き残ったWAU102冷改車クモハ415-802のサイドビュー。
3ドアの105系を除くともうこれとクハ104-551しか残っていないのではないでしょうか。
103系や105系だと配置が中央寄りなので結構バランス良くみえるのですが、初期の近郊型だと元々のベンチレーター配置的にどうしても端に寄ってしまってアンバランスな感じに。更に後年、元々のベンチレーターが撤去されてしまったのでアンバランスさに磨きがかかっています。


ラッシュの終わりにやってくる681系能登かがり火。非貫通顔先頭の3連はなかなか強烈。(コレ去年は6連だったんですけどねぇ…)
北陸新幹線開業後も1往復の直通特急+短距離特急として存続した七尾線特急ですが、やはりしらさぎ編成の間合い運用に過ぎない印象。
北陸新幹線が敦賀まで伸びると金沢から交直流特急型が一掃されそうですし、そうなったら花嫁のれんみたいな気動車特急を増やすんでしょうかね。

石川県はこのくらいにしてお隣富山県へ。



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野尻森林鉄道の木曽川橋梁

2019年7月15日
日が傾いてきたのでこれ以上山奥に入ることはせず、木曽川に沿って下りていきます。

途中、中央西線野尻駅の近くの橋梁跡に寄り道。


野尻駅から伸びていた野尻森林鉄道最大の遺構、木曽川橋梁。
林鉄遺構のこの手の鉄橋は撤去されるか道路や歩道に転用されるものがほとんどなので、転用されずにそのまま残されているのはレアケースかも。

もうちょっと近寄って。林鉄が今でも現役だったらこの間違いなくこの構図で写真を撮っているでしょうね。
どうもほとんどそのまま放棄された(一応今でも管理下にあるようですが)ようで、廃止から50年以上経っているにも関わらず枕木が残っています。


少し野尻駅寄りの廃線跡から。鉄橋を渡った線路は築堤でカーブを描いていたのですが、鉄橋寄りの数十mの区間は農道のアプローチのために切り崩されてスロープ状になっています。

平行して架かっている道路橋の野尻向橋から真横を。メインのプラットトラスだけでなく、前後のガーダーや上路トラスも残っているので今にも列車が渡ってきそうな雰囲気。


ちなみに林鉄とは離れますが現在の野尻向橋から林鉄と逆の方向を向くとこんな感じ。
このあたりは廃橋が随分多いようです。奥の吊り橋はさすがに支柱だけですが、手前のコンクリートの旧野尻向橋は橋台に加えて橋桁も部分的に残っているようなので、また今度寄ってみたいところ。



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寝覚めの床の保存DL

2019年7月15日
赤沢森林鉄道から木曽川まで下り、そこから木曽川沿いに少し下ったところに景勝地、寝覚めの床があります。
寝覚めの床自体は中央西線の車窓からでも見えるので改めて見に行くことはしませんが、寝覚めの床の駐車場(上松町営駐車場)のほど近くに2台のDLが保存されているので、それを見に行ってきました。

駐車場から進むこと2分ほどで到着。手前の方は結構見かけるスタイルだなぁと思いながら横に回ると…

なんとセミセンターキャブでした。木曽森林鉄道のセミセンターキャブDLはこのNo.99とNo.98の2台だけらしく、いずれも内燃機関車としてはごく初期のモデルのようです。
小柄な機関車なので、本線列車の牽引というよりは入換や小運転が主な活躍の場だったようです。
使い勝手が良かったのか幾度の改修を受けつつ林鉄末期まで使用されていたようで、途中エンジンの交換に伴ってボンネットが延長されているそうです。確かに左側のボンネット、よく見ると10cm分ほどのビス打ちのスペーサーが見えます。

こちらも木曽森林鉄道にはあまり居なさそうなタイプのDL、NO.120。
冬季の除雪用機関車で、現役時代はロータリーヘッドを装備していたようです。
今はロータリーヘッドが失われていますが、これは元々の保存場所であった赤沢森林鉄道からここに移設する時に置き忘れてきたからだそう。
ところでこの機関車、足回りがかなり特徴的で、板バネを見るとかなり特異な軸配置であることが分かります。
板バネだけ見ていると後部と中央にしか車軸が無いように見えますが、ちゃんと前部にも先輪があります。
それにしてもアンバランスな足回り、恐らくロータリーヘッドの装着が前提だったので、その状態で一番バランスが取れるように設計されたものと思われますが、こうなるとヘッドを外した”夏仕様”だと使い物になったのか怪しいところです。夏仕様の写真をまず見ないので恐らくあまり活躍できなかったんだろうなぁ…


ちなみに保存場所はこんなところ。道を奥に進むと間もなく駐車場に出ます。
No.120の足回りをもうちょっとちゃんと見たかったのですが、立て看板が邪魔をしています。
一応駐車場から観光地へのアクセスルート上ではあるのですが、人の気配は全くなく、蜘蛛やら蜂やら熊の気配の方がより強く感じられました。
アプローチに迷うことはない場所ですが、訪れる際はご用心を。



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