春の北陸行 その2

2017年4月22-23日
二日目は朝からスカっと晴れていたので地鉄へ。

(富山地方鉄道 本線 新宮川→上市/9:36)
まさか初っ端から東急車を引くとは。
8590系は両端が電動車なのでこういう20m級の入線可能な地方私鉄にはもってこいな車両なのですが、元の種車が少ないので地鉄では中途半端な存在になってる気がします。また仲間が増えればいいのですが次東急が放出するのはいつになるやら…


(富山地方鉄道 本線 新宮川→上市/9:51)
アルペン号のレッドアロー。
こういう元大手の特急車は先頭車だけの2連じゃ寂しいので中間車が復活してくれて有難い限りです。
欲を言えばロゴは無い方がいいのですが、最近の他社の水戸岡デザインを見るにこういう大人しいロゴで済んでくれただけマシなんでしょうかね。

ところでこの写真、撮ってから見てみると随分傾いてておかしいなぁと思ったのですが、車両そのものがエラい傾いてますね。
地鉄は保線がヤバい箇所が割とあるので見てて(乗ってて)ヒヤヒヤします。大きな事故が起きなければいいのですが…

(富山地方鉄道 本線 寺田駅/11:38)
電車に乗って通ったことはあれど降り立ったことはなかった分岐駅の寺田駅へ。
構内で単線から4線に分岐する配線がなかなかステキ。
ここで14720形を見てしまったので宇奈月温泉からの返しを待とうということになり富山ブラックを食した後また新宮川へ。

(富山地方鉄道 本線 中加積→新宮川/14:27)
湘南顔で残る20形。10020形の方は増結車を繋げて限定運用になっているようですが、この14720形は特に運用が決まっているわけではないらしく。
稼働率は高いのですがなかなか捕まえられない車両です。
仲間が燃えたりしていますがこの編成はいつまで走ってくれるのでしょうか。

(富山地方鉄道 本線 寺田駅/15:17)
また寺田。雰囲気がよく列車もたくさん来る分岐駅なのでずっと居ても飽きません。
このアルペン号は立山~宇奈月温泉を直通する特急なので、寺田駅の構内と上市駅でスイッチバックを行います。
地鉄沿線の二つの観光地を効率よく?回れる特急ですが、この便はガラガラでした。まぁ宇奈月も立山もシーズンは夏ですから春はこんなもんなのかな?

(富山地方鉄道 立山線 横江→岩峅寺/16:48)
最後に岩峅寺の先のストレートへ。ここはなかなか作例が見当たらなかったのでどんな風に撮れるのか行ってみるまで分からなかったのですがなかなかよろしい感じで。


(富山地方鉄道 立山線 横江→岩峅寺/17:13)
でお目当てのおけいはん。冬が終わってスカートが付き、ショーティーながら京阪特急そのままの姿に。
やはりこの色は落ち着きますなぁ。
地元から姿を消して久しいですが、まだまだ富山に来ればこんないいシチュエーションでピカピカの3000系が撮れるんですからありがたい限り。(富山まで来るのが大変なのですが)

一日たっぷり地鉄に費やしつつもなんとなく名残惜しい気持ちを抑えつつ帰路へ。
帰りはさすがに高速使いつつもたっぷり5時間コース。日暮れまで粘っていたので京都到着は0時前になりましたが粘った甲斐がありました。

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春の北陸行 その1

2017年4月22-23日
最近バスブログと化してきている気がするので久しぶりに鉄道ネタ

先週末、日本海側の天気がよさそうだったのでどこか行こうという話になりまして、SATOさんの”そういえば北陸方面ってあんまり行ったことない”という一言からトントンと話が決まり、結局つるやの氏と3人で富山を目指すことに。

北陸新幹線の金沢開業から2年経ち、首都圏側からのアクセスは格段によくなりましたが、関西側からはむしろ行きにくくなった富山。
加えてJR線の被写体がここ数年で一気に姿を消してしまったのでしばらく足が遠のいていたのですが、そんな今だからこそ私鉄側に専念できるのでは~ということで今回は私鉄がメインです。

例によってあんまり高速走行が得意でないクルマで行ったので、富山への往路はオール下道。夜間だったので特に滞りなくスムーズに進みましたが、それでも京都を0時に出て高岡に着いたのが7時…途中運転を交代しつつ進みましたが、やはり300キロを下道で走るのはかなりキツいです。

新高岡でつるやの氏を拾って進路を北に。首都圏を当日朝に出ても8時半に富山に着くんですから新幹線ってすごい。
途中日本総合リサイクルに寄りつつ七尾方面へ。富山を目指すと言っておきながら早速石川に逆戻り。


土曜の昼間は微妙な予報だったので能登半島に点在する保存車めぐりでもしようかということになり、まずはオユ10のある能登中島へ。
この日は国鉄郵便車が現役バリバリだった頃に鉄郵の職員だった方がたまたまナビゲーターとして来られていたので、2時間程当時の話を伺うことに。

ここのオユ10のすごいところは、やはり車内の小物を揃えて当時の雰囲気を再現しているところでしょうか。(この日はいつもより更に展示物が多かったそうですが。)
我々のような鉄郵を知らない世代でも、この空間で当時の話を聞いていると郵便車が現役だった頃の車内の空気を感じられるような…そんな素敵な展示でした。

能登中島で牡蠣を食べてオユ10の見学をしているうちに随分時間が経ってしまったので、のと鉄道の保存車めぐりはまた今度にして、能登半島の西岸を内灘へ。

(北陸鉄道浅野川線 蚊爪→粟ヶ崎/16:26)
「浅電の狭幅車が撮りたーい」という希望で半ば無理やりねじ込んだ北鉄。
浅野川線は狭幅の8800番台車が2本、広幅の8900番台車が3本なので運が悪いと広幅しか来ないのですが、幸いこの日は広幅がお休みしていたので狭幅車が来てくれました。

(北陸鉄道浅野川線 蚊爪→粟ヶ崎/16:50)
この京王のグリーン車をそのままステンレス化したようなスタイルは割とツボです。数ある京王3000の譲渡車の中で一番好きなのですが、浅野川線はあまり開けたところがないので撮る時は毎度ここになってしまうんですよね もっと開拓しなくては。

この日の晩は金沢に来たら毎度食べてる金沢カレーを食し、富山駅前の宿(昭和30年代に建てられた民宿的な)で就寝。
富山の駅前、この数年で随分変わってキレイになりましたが、たまになんでこんなのがこの駅前に??みたいなボロ…もとい歴史を感じる建物が立ってたりします。
ボロホテル(設備は古いけど汚くはない施設)に泊まるのも地方に行った時の楽しみの一つなので、私的には大満足な宿でした。また今度来る時も残っているといいのですが…

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File:049 淡路交通 BU10

2016年3月確認
新車のうちに島外に出て行ってしまうことの多い淡路交通にも、廃バスはあるようで。

淡路交通は海に囲まれた島を走るので塩害が避けられず、車体の腐食が内地に比べて早く進行します。
耐用年数までバスを使い続けるとサビサビになって売れなくなってしまうので、新車で導入した車両を値段の付くうちに廃車にして売却する手法を今に至るまで採っています。
そのため車両の代替サイクルが恐ろしく短く、だいたいが10年経たないくらいで島を離れてしまいます。
このBUもそこまで古いクルマではないのですが、廃バス歴は結構長そうです。大鳴門橋が出来て淡路島が外と繋がった頃には既にここにあったのではないでしょうか。

車体について…
前後ドアの後期型BUです。ダクトを通せるよう窓幅が狭い箇所があるので冷房車だったようです。
こちらからだと見えませんが、いすゞ車はこの世代でも前後ドアのクルマは非常口が中央のようです。3つのドアがちょうど分散するようになっていたのですね。

落書きされてる廃バスは少なくないですが、こりゃまた随分派手に荒らされています。
特に車体中央部の”リウル(ソウルと書きたかったんでしょう)”が目を引きます。


割れた窓から車内を失敬。運賃箱なんてよく残っているものです。廃車になったら真っ先に外されるものだと思うのですが。
廃車後他社に渡らなかったことも含めて謎多き個体だな…と思いました。ワケあり臭がハンパないですが現役時代の写真も無くよくわかりません。
どういう生涯だったのでしょうね。

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[JR北海道]キハ201 公開


東日本の103系を先行させたので遅れましたがキハ201の体裁が恐らく整ったので公開します。
現行の3両編成をモデルとしています。
基本的な仕様は原作に準じているかと思いますが、雪表現はカットしています。

731系他への展開については、まだ特に考えてはいませんがキハ201の反応を見つつ仕様等を検討していこうと思います。
(多分731系は出ます)

※あくまでこの作品は改造品ですので、再改造および再配布はお控えください。

SpecialThanks:つるやの氏

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File:047,48 ナショナルのライトバス

2017年3月確認
”ナショナルカラー”という言葉があります。原義は「その国を体現する色」ですが、トラックやバスにおいては、松下電器の社用車などに塗られていたトリコロールのことを指します。
“ナショナル”が死語になりつつある今となってはこの色を纏うクルマもほとんど見られなくなりましたが、廃車体なら今でもたまーに見ることができます。

恐らく元々従業員輸送用のバスであったであろうトヨタのライトバス。
なんと同型がトヨタ博物館に収容されているんだそうな。こちらの物件は残念ながらお顔は拝めずでしたのでまた博物館でじっくり見ることにしましょう。
かつて松下の工場があった地域にはこういったバスが散らばってるケースが多い気がします。

こちらはマツダのライトバスA型。川崎航空機製の前衛的なボディで、当時の人々が思い描く”未来”って多分こんな感じだったんだろうなぁと思いを馳せることができる車両です。
ところでこの車両、側面に窓がほとんどありません。前方は板が打ち付けてあるので元々は窓があったのでしょうが、後ろの方はどうも現役当時から窓がなかったようです。
本来窓があるべき部分には「みなさまの窓口~」と宣伝文句が描かれているので、どうも元は宣伝車だったようです。
側面の肩部分に庇が伸びてきそうな構造が見えますがこれも当時の運用と関係あるのかもしれません。

特徴的な前面の上部。触覚みたいなワイパーが2丁。さすがにこれで完結というわけではなく、この先にワイパーブレードが付いていたようですがそれにしても簡素です。

リア。このあたりがマイクロバスらしからぬポイント。普通の個体だとここが横長の窓になっているのですが、これではバスというよりはバンですね。この観音開きの扉から、当時の松下の主力商品が飛び出していたのでしょう。

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