赤沢森林鉄道

2019年7月15日

滝越から中央西線方面に戻りつつ、途中県道473号線をそのままずっと南下していると小川森林鉄道のルートに当たります。そこから上流を目指してしばらく進むと、赤沢自然休養林に辿り着きます。
ここ赤沢自然休養林内にある赤沢森林鉄道では、森林鉄道現役時代の機関車を使用した観光列車が運行されています。

動態保存の観光列車を撮る前に、まずは静態保存の車両たちを見ていきましょう。


屋内展示室はとても狭いのでこんな残念な写真しか撮れませんでしたが、木曽森林鉄道を代表する蒸気機関車、ボールドウィン。
火の粉止め入りのタマネギ型煙突が何よりの特徴。
ちなみにボールドウィンの載っている線路は本線に繋がっていて、たまに屋外に出ているようです。屋外に引っ張り出された時にまたちゃんとした写真を撮りに来たい機関車です。

木曽森林鉄道と言えばコレってレベルのカエル顔のC4型ディーゼル機関車No.122。
説明書きを見てみると、ちょこまかと動くというよりは拠点間で重量級の貨物を運ぶための機関車という感じで、それ故にこのような本線用みたいな顔なのかなと。

そんなC4型より更に本線用っぽい機関車がこのF4型ボギー式ディーゼル機関車No.136。
北海道の芦別から来た機関車で、北海道の方でも同型が保存されているようです。
この機関車、性能は申し分なかったものと思われますが機構が複雑で保守に手を焼いたそうで、木曽での活躍はあまり芳しいものではなかったようです。森林鉄道界のDD54的な存在でしょうか。

反対側。向こう側はヘッドライトが失われていましたが、こちらには残っています。





特製C型展望客車。
昭和32年に当時の皇太子殿下の御乗用列車としても用いられた客車。
説明書きには”振動を少なくした乗心地のよい設計で”という風に書かれていますが、どのあたりに普通の客車との違いがあったのかまでは書かれていませんでした。
台枠の一部が鋼製とか、軸ばねが付いているとかそのあたりでしょうか。

有名な理髪車。移動理髪店で、定期的に各地の合宿所に回って山奥で働く男たちの髪を整えていたそう。
伐採作業に従事する営林署員は一定期間山奥の合宿所に泊まり込みで働いていたので、故郷に帰る前にこの理髪車で髪を整えてから山を下りたんだそうです。

運材台車から降ろされて本物の小屋と化したB型客車。森林鉄道体験乗車の待合室として活用されています。小屋になってから?屋根が張り替えられて若干リフォームされているのが面白いところ。

木曽に運材台車は数あれど、ちゃんと木材を載せている運材台車は貴重です。このまま本線を走らせてくれたら最高なんですが…

ちなみに2つの運材台車の間は連結棒で結ばれていました。ただ残念ながらエアホースは繋がっておらず、現役時代どのように空気管を通していたのか分かりませんでした。おそらくアダプターみたいなのを連結棒の上に渡してたんでしょうけど。

ギリギリまで展示を見ていたので後回しになった動態の方。
当然森の中を通るのでオフィシャルな撮影地はさほど多くなさそうですが、橋梁を渡るポイントで撮れそうだったので一発。
客車はさすがに新製のオープンタイプですが、色を現役当時のものに寄せているので結構映えますね。

到着した時間が閉館ギリギリだったので、撮れた列車はこの一本だけ。ホントはもうちょっとゆっくり回るべきなんでしょうが、赤沢は木曽森林の遺構群の中では比較的まだアプローチしやすいのでまた改めて来ることにして、山を下ります。



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滝越のやまばと号

2019年7月15日
王滝森林鉄道王滝本線で最も奥地にある集落、それが滝越です。今でこそ村道が通じてアクセスは比較的容易(道は狭い)ですが、森林鉄道があった頃は滝越から王滝川下流域に出る手段は森林鉄道のみという状況でした。
そんな滝越集落で昭和34年に運行開始された通学列車「やまばと号」。
明治の時代から滝越には王滝小・中学校の分校が置かれていましたが、昭和34年に本校と統合され、児童・生徒はこのやまばと号に乗って1時間掛けて田島の本校へ通ったそうです。
そんなやまばと号も昭和50年の森林鉄道廃止と共に消えてしまいましたが、当時の通学列車の編成がここ滝越集落の水”交”園に残されています。
実は水交園は滝越集落でほぼ唯一と思われる食事処でもあります。窯焼きピザが頂けるので注文して焼いてもらっている間にここの保存車を見て回ります。


やまばと号の編成
機関車はAC40型ディーゼル機関車。王滝森林鉄道の機関車や客車にはだいたい何かしらの番号が付いているものですが、この機関車に関しては形式こそ付いていますが番号はないそうです。
所属が営林署ではなく王滝村だったこともあり、管理方法が違ったのでしょうが、客車と合わせて”やまばと号”という大雑把な括りだったのでしょうか?

やまばと号の特徴はやはりこの鋼製客車。運材台車に木造小屋を載せたような簡易な客車とは違い、ボギー台車に鋼製ボディを載せた本格仕様。
側面デザインといい色といい、当時最新鋭の国鉄70系電車に確実に影響を受けていそうなスタイルです。
子供たちの安全を考えた結果の安全装備で16年の使命を全うし、今でも大切に保存されています。

そんな鋼製客車のボギー台車。簡素な構造ですが、コイルばねがあるだけ運材台車より格段に乗り心地は良さそうです。
ところでコイルばねの巻き方が対称になっているのは結構珍しい気がします。

横から。客車がちゃんとしているので、編成で見た時も整っていて美しいです。
軽便鉄道とかでもありそうなスタイル。





その他の保存車両。こちら関西電力のロータリー除雪車。直線的なデザインで結構新しそうに見えます。(昭和42年製)
ディーゼル機関車っぽいスタイルで、実際に機関は積んでいるそうですが、ロータリー用で自走はできないんだとか。
滝越から滝越発電所まで関西電力の専用線があり、そこ向けの除雪車だったものと思われますが、ごく短区間の除雪用に随分と本格的な機材を用意したものです。それだけ軌道が重要だったということでしょうか。

119号機関車はエンジンの補修中とのことでシートが掛けられていました。ただ、2012年のレポからシートを被っているのでシートが外れるのはいつのことやら…

中央西線上松駅から40キロあまり、寄り道しなくてもクルマで一時間半掛かるほどの奥地である滝越。
王滝森林鉄道王滝本線はこの先も続いていたのですが、これより先は現在管理者以外は入れない林道となっているので、焼きあがったピザを頂いて引き返すことにしました。




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王滝森林鉄道 田島駅跡

2019年7月15日

藪原から木曽福島まで下り、そこから王滝線跡に沿って王滝村へ。途中寄り道しつつ滝越方面を目指します。

(35.820323, 137.641284)
途中見つけた王滝本線第三号隧道。県道のすぐ脇にあるのでアクセスは容易ですが、隧道の向こう側は県道の落石防護柵が設置されてしまって当時の面影が失われてしまっています。

(35.805223, 137.559415)
ダム湖である御岳湖のほとりを進んでいくと現れた田島駅の機関庫跡。林鉄向けなのでかなり小ぶりなサイズ。
入口がシャッターに取り換えられていますが、側面の木枠の窓や屋根上の大きな煙抜きは当時のまま残されているようです。

反対側。シャッターが向こうは3枚こちらは4枚、当時何線敷かれていたのか今となっては分かりません。2か3だとは思うのですが…

機関庫の脇にある建物。これも当時からあるもので、詰所か宿舎かと言ったところ。今では建物のすぐ左が森になってますが、当時は広大なヤードがあったんだとか。

最も滝越寄りにある建物。随分と横に広い建物で、こちらも高さ的に車両が収まりそうな大きさなので検修庫だったのかな?当時の写真にも写ってはいるのですが、用途が断定できていません。

ちなみにこの遺構群から道を挟んで反対側には現役の木工場があり、この建物も木工場の倉庫として使われていたのかもしれませんが、今となってはその形跡も随分と薄れてきているようで。
当時の雰囲気を残す素晴らしい建物遺構群なので意図的に保存しているという話も聞きますが、気付いたらキレイさっぱり無くなって更地になってるかもしれませんね。



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藪原の木曽森林鉄道モーターカー

2019年7月15日
奈良井から中央西線で名古屋寄りに一駅進んだ藪原。ここにもかわいらしい保存車がおりました。

木祖村郷土館に保存されているモーターカーNo.20。森林作業者の輸送用車両です。
実は現役時代と塗装が違うようで、元々は金太郎塗装じゃなかったようです。今の塗装も似合ってますけどなんでこの塗装なんでしょうね。

ここも運材台車が2つ後ろにぶら下がっています。非力そうな印象のモーターカーですが、空の運材台車数両くらいなら牽けたんでしょうか?





ご尊顔。愛嬌のある顔つきですね。昭和25年製とのことですが、それにしては随分と近代的なスタイル。
当初ボンネットバスのようにエンジン部分が飛び出たスタイルだったボディを、後年マイクロバスチックなものに換えたんだとか。
バスで言うところのキャブオーバータイプと言えましょうか。

随分質素なリア。鉄道車両というよりはバスやトラックに近いからなのか、基本的に前に進むことしかできなかったようで。
リアにも一応おまけ程度に前照灯がありますが、終点では転車台などで対応していたようです。

内装。おそらくドライバー以外は後ろの扉から乗り降りするタイプの8人乗り。
この椅子、座布団部分が結構厚いので座り心地は悪くないんでしょうけど、どこにも掴むものが見当たらなかったので走り出して揺れたら辛そうです。

木曽森林鉄道のモーターカーはこのNo.20の他にも数台が残っており、その中には動態で残されているものも。
動態保存車は不定期開催のイベントでしかお目に掛かれないのでなかなか難しいところですが、次チャンスがあればその時にまた木曽谷に来ようと思います。




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奈良井宿の木曽森林鉄道保存車

2019年7月15日
地鉄から一気に飛んで長野県の伊那に宿泊。翌日は特に何をする予定もなかった上に天気も悪いのでどうしようか迷っていたのですが、中央西線沿いに点在する木曽森林鉄道の遺構を一度も見に行ったことなかったなということで、木曽森林鉄道保存車巡りへ。

まずは奈良井宿へ。奈良井の保存車はかつて中央西線の線路際の喫茶店?敷地内に置かれていたらしいのですが、5年程前から”道の駅 奈良井木曽の大橋”の傍らに置かれています。
奈良井には奈良井営林署の黒川線という路線が乗り入れていたので、そこの車両なのかなと思いきやそういうわけではなく、王滝営林署管内の車両のようです。

道路からの眺め。ちょっとあんまりな置き方な気もしますが…バラストが新しいのでこれから整備するのかな?と思わせつつこのままの姿で5年以上放置されているようです。

近寄って見てみます。編成は酒井の5トンDL+B型客車+運材台車(積載ナシ)×2。好ましいミキストの編成です。

サビサビで当時のレタリングがどこにあったのか全く分からないですが、現役時代は95号という名前が付いていたようです。
車体外に露出したブレーキ用の空気管が気になります。

リアビュー。側面は鉄道車両っぽさがありますが、リアの引違窓は家の窓かな?と思えるような仕上がり。どういうわけか知りませんが産業用の機関車はこういう仕様が結構多かったみたいですね。現代まで森林鉄道が残っていたら那珂川清流会の保存DLのようにアルミサッシで窓を作るようなスタイルが主流になっていたのかもしれません。





B型客車。木曽森林鉄道のこの手の客車にもいくつか種類があるようで、これは腰板が横に張られている”助六型”。別に縦に張られている”王滝型”というのも存在するようです。
客車とは言え2つの運材台車の上に橋渡しするように木造の小屋を置いてあるようなスタイルなので、所属区ごとに作りやすい方法で内製していたのでしょうか?


気になるレタリング。B型王営は王滝営林署管轄のB型客車、助六No.5は助六所属のNo.5ということなのでしょうか。
近隣の保存車がだいたいどこのものも再塗装されてキレイになっている中で放置が続けられた結果、オリジナル?のレタリングを維持しているのはここくらいなのではないでしょうか?
キレイに塗り直してあげて欲しい反面、このレタリングが消えてしまうのは惜しい気もしますね。

運材台車。被牽引車のベースとして大量に存在していたので、今でも木曽谷に山ほど残存してます。
どれも同じに見えますが、軸受が何種類かあったりと地味に形態差に富んでいます。作業効率化のために現場の判断で進化していった結果でしょうか。


ちなみにこの場所から歩いて奈良井宿の宿場町見学に行けます。一応観光地なのですが、3連休というのに人もまばらで観光地感は薄め。
ただ、メジャーな観光地になると下手に整備してしまって雰囲気が台無しになるケースもあるので、そういう野暮なのをあまり好まない人にはいい場所かなと。
人が多すぎて疲れるなんてこともないので、ゆっくり見て歩いてご飯を食べて、結局奈良井で2時間ほど時間を使ってしまいました。



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