あの地震から早5年が経過。津波の影響で不通だった相馬~浜吉田間が一部移設の上復旧し、孤立区間がなくなりました。
まだ原発関連での不通が続いている区間はありますが、これでとりあえず復旧も一段落したことになりましょうか。
これは今から一年半くらい前の新地駅南側。既に新線建設が始まっていますがまだまだ路盤の整備の途中。
旧線はここをまっすぐ進んでいましたが新線は左カーブを描いて内陸寄りにルートを変えています。
新地駅と言うとE721が津波でひっくり返された映像が印象的で、復旧後の新線は仙石線の復旧区間のように高架線になると思っていたのですが、数10m内陸側に移設しただけで地平のままだったのはちょっと驚き。
一つ南の駒ヶ嶺駅。もともと内陸寄りにあるので今回復旧した区間の中では一番被害が少ない駅だったのではないでしょうか。
北側から駒ヶ嶺駅構内を。震災から4年経過してもパッと見現役線に見えましたが、レールは錆びてヘロヘロになっていました。
駒ヶ嶺~新地間の路盤崩落地点。駒ヶ嶺寄りの区間は津波の被害こそなかったものの、築堤の崩壊が所々見られました。
この場所は一度築堤を崩した上で再構築されたようです。
孤立区間だった原ノ町。ここから今年の春撮影。まだ小高まで再開しておらず下り相馬行きしか無かった頃。
原ノ町~相馬の孤立区間輸送用に用意された701系。管轄の都合で仙台から勝田の所属になりましたが、勝田車両センターまでの線路が寸断されているので一度も同センターに入区することなく孤立区間での運行を続け、今回仙台まで線路が繋がったことでまた仙台に戻されたようです。
この写真の701系は未更新車で、送り込まれた2011年当時は多数派だったと思うのですが、孤立区間に閉じ込められているうちに”外”の車両はどんどん機器更新されていき、いつの間にか最後の未更新車になってしまったようですね。
今後仙台に戻ってからすぐ更新されてしまのか。それともしばらくこのままなのか。
原ノ町に取り残されたと言えばこの2編成。415系も651系も閉じ込められているウチに外の仲間が居なくなってしまい、仙台方面の復旧を待たずして解体されてしまいました。
651系はともかく415系は帰れるんじゃないかと思っていたのですが、動いてる外の仲間共々案外あっけなく消えてしまいました。
二度と帰れない行先を出したまま朽ちていく車両…
原ノ町から仙台方面へは代行バスも結構充実していたので途中が途切れていても近距離きっぷの取り扱いがありました。しかし逆側は…
この路線図に再びいわきが載る日はいつになるのでしょう…
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