File:025 土佐電気鉄道 BM320-K

2016年6月 確認
廃バスの中でもマイクロはスルーしがちなのですが、これは元路線車ということもあって取り上げてみます。

田園地帯の中で朽ちつつある物件。
日野の初期のマイクロバスである”ライトバス”というクルマで、自家用や貸切用途で広く使われた型式ですが、ここ土佐電では路線バスとして使われていたようですね。
塗装はこの間のRB10と同じワンマンカラー。さすがにこっちの方が幾分新しい型ですが、同じ時代を生きた車両ということが分かります。

この時代の路線バスには必ず付いていた満員のサボ。車体が小さいバスなのでこのサボを使用する機会も多かったのではないでしょうか。

この地域ではおなじみの金産コーチ。この型式は帝国ボディだとかなりカタチが変わってキュービックスタイルになります。
バスボディの構造的には帝国ボディが先を行っていますが、結局こういうマイクロバスは現代でまた丸っこいスタイルに戻っているので金産ボディの方が現行マイクロバスの直系の先祖って感じがします。

奥に引っ込んでしまっていますが幕が残存していました。表示は”はりまや橋”となんとも高知らしい地名ですが、果たしてこの小型バスが高知の中心部に乗り入れていたのかは微妙なところ。
前回書いた通り、この時代の高知のバス写真は本当に少ないのですが、なんとこのバスの現役時代の写真はネット上にありました。
土佐電軌道線の後免町から現在の高知道南国ICの方へ抜ける路線に使われていたようで、今で言うところのフィーダーバス的な役割を担っていたようです。
路面電車の駅ホームから直接乗り換えのできるフィーダーバスは今では富山ライトレールなどに見られるものですが、昭和50年代からこのスタイルが確立されていたとは驚きです。
土佐電はこの時代から現代のバスのあり方を考えていたのかもしれません。




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3 Responses to File:025 土佐電気鉄道 BM320-K

  1. えあろきんぐ・たか のコメント:

    このBMは、1972年前後に相当な数量を導入しています。よくぞ見つけたな!って感じですね。
    お書きになられている路線の場合、はりまや橋への乗り入れは無く後免営業所配属の5台のうちの1台という事になります(73年導入)が高知本社にも恐らく8台は導入されています。当時、狭隘路線に運用中のボンネットバスの置き換え用でした。高知配属車両は勿論、はりまや橋に頻繁に出て来ております。
    尚、その当時の車庫は知寄町、後免の車は80年、高知の車も(確か)82年頃迄に全車引退しています。

    • kokuden101 のコメント:

      詳細な情報ありがとうございます。

      私たちはこのような廃バスを見つけることはできますが、そのバスが現役だった頃のことは当時の資料頼みです。
      特に高知は当時の資料が少なく、このBMや別記事のBAが土佐電の中でどういった働きをしていたのかはイマイチ分かっていませんでした。
      しかし今回頂いたコメントでかなり詳細にイメージすることができるようになりました。

      重ねてお礼を申し上げます。

      • えあろきんぐ・たか のコメント:

        ご丁寧なご返信有難うございました。
        当方、懐かしく、うれしく拝見しました。
        特にBMは自宅前にも来てましたので結構乗りましたが、アイドリング時の
        凄~い振動は今考えれば大変な車でした。いすゞはボンネット以外は希少
        車で代車でたまに自宅方面に来るのみでしたので当方には高級車でした!
        5182には運よく一回乗ってますが、まさか5176があったなんてこれを見るまで思いもよらない事でした。当時のドライバーに5182が来たので「良いのが来たね!」っていったら「しょう、のうが悪いぜよ、どこがえいがで」(凄く使いにくい車だよ、こんなのの、どこが良いというの?)って言われましたね。

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