多度津工場 2016年5月

2016年5月5日

時系列がおかしくなってきましたが、GWに四国に行った時のお話。
讃岐うどん屋巡りをしている道中、多度津工場の近くを通りがかったので覗いていくことに。

今の四国らしい並び。121系改め7200系はかつてFGT2次車がいた蔵の中に。
外に居る12系客車は半年程前に高松から多度津へ回送された車両で、東武鉄道への譲渡予定車です。
12・14系客車は大部分が工場の建屋の外で整備を待っていましたが、一部建屋内に移動している車両もいるので多度津で整備してから東武に持ってくのでしょうか?

放置車両たち。
四国色のキハ28 2002については特に変わらず。いつからそうなのは分かりませんがドアが開けっぱなしです。虫干しなんでしょうがちょっと不安になります。
国鉄色のキハ58 293は相方のキハ65が伊予西条に行ってしまって以来キハ28とペアを組んでます。多度津公開の時でも動かなくなって久しいですが、動態を保っているのでしょうか?
一番奥のキロハ186 1はこの間客車と一緒に多度津に回送されてきた車両です。既に廃車されているはずですが、こうやって解体されず温存?されているあたり、土讃線の新しい観光列車の種車になるのかも。
伊予灘ものがたりの種車のキハ47も籍を抜かれて多度津でしばらく放置されていましたしね。

裏手。いつもは解体スペースですがこの日は随分キレイなキハ47-1000とボロボロの12・14系客車が。
キハ47-1000は「部品取り等禁止」の張り紙があったのでおそらく海外譲渡待ちでしょう。
四国でお役御免になった国鉄車両たちですが、どちらも新天地が与えられるというのは感慨深いものがあります。

解体線に並ぶキハ47-1000。松山から1両、徳島から2両の計3両が多度津に廃車のためやってきています。
四国のキハ47は扱いにくいものから順番に潰されていて、寒地型の500/1500が真っ先に消滅(伊予灘ものがたり除く)した現在では、トイレの無い1000番台が優先淘汰の対象となりました。
徳島のキハ47もほぼ全てが0番台となり、1000番台で生き残っているのは首都圏色の1086のみという状況のようです。

今回の改正で新車なしの配置転換だけで3両の余剰を出した四国の普通用気動車ですが、これからどうなっていくのでしょうか?

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